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第十九回文学>||▽

フリマと読めなくもないかなと思ったのですが案の定、読めませんね。そう云えば昨日なぜ意味もなくフリマックスと天啓が降りて来たのか今ふと思い当りました。森マックスだ。森鴎外の孫です。そういう面から云えば、じつに文学性豊かな響きを持つ文学フリマという興行が、十一月二十四日、催されました。

道楽とは飲む打つ買うということになっていますが、文学フリマはまさしく道楽です。当日直前の慌ただしさで碌に睡眠も取れていないものだからリポビタン D を飲み、自サークルの宣伝を打ち、他サークルさんの本を買う。「飲む」を理屈付けるために十分間ほど悩みました。

この道楽に耽る動機はさまざまです。道楽なんだからそもそも大した動機なんぞありゃしないという考え方もできますが、それでは面白くないから、動機を考える。

――表現することが生き甲斐だ。

そういう種類の主張はしばしば聞かれますね。泳ぎ続けるまぐろのように、地を掘り続けるもぐらのように、何かを表現し続けていなければ死んでしまう、という風な自己表明をする型の人。

これにはどうも、無邪気ゆえに卑俗なロマンチシズム、芸術至上主義と云いますか、芸術家っぽいワタクシでありたい願望から発して芸術家っぽく我が身を衒いで塗り固めて頑張っているような気配があって、あまり好きになれないのですが、そういう底意地の悪い偏見を抱く平野のほうがどうかしています。お互い様か。

――人と交流したい。

この場合、文学或いは文学らしきものは、手段に過ぎないものとなっています。それをきっかけに知合いを増やしたい、広い意味での人脈を築きたい、そちらが目的だということでしょう。

あわよくば恋人ができやしないかと不埒な欲情を抱いている人さえ、ひょっとして、いないとも限りませんな。そして不埒な欲情とは世界を動かす要因の一つです。世の中から品性下劣な迷惑メールがなくならないことは、人間から性欲がなくならないことと同じ現象です。

それはともかく、文学フリマの場で新たな知人ができるのは単純に、愉しいことでしょうね。だから平野も愉しがっています。

――出世を狙う。

世間に名を知られ人々の称賛を博することを求める、出世欲、名誉欲というこいつもまた侮れない人間の情動です。自己承認欲求なんてしち面倒臭い難しい云い方がありますが、平たく云い直すと、じぶん大好き。そんな処でしょう。

なお自己嫌悪する人もまた、自己を嫌悪できるほどの知性と倫理性を自らに認めているという点で、じぶん大好きである。

白状すれば何を隠そう平野はじぶん大好き人間なのでして、だから、「窓辺」に寄稿したり、文学フリマに出たりと、臆面もなく世間様に対して己を曝しています。尤も、文学フリマによる出世を狙っては別にいません。称賛されれば嬉しがるのみ。出世は出世で、この短くも長い人生、いろいろな追求の仕方がありましょう。

そうした平野とは次元の異なる高い志を抱き、じぶん大好き感覚を何らかの形へと昇華し、文筆を以て身を立てる英気に満ちた人々が文学フリマの場にはごろごろ、いらっしゃるに違いありません。

――文章なら書ける。

つまり他の、楽器の演奏なり、粘土を捏ねるなり、漫画を描くなり、犬の毛を刈るなり、菓子を焼くなり、選挙に勝つなり、織田信成、といった能力は持合せないが、文章なら書ける。ええわたくしこれと云って取り柄も華もない平凡な人間なんでございますけれどもね、文章なら書ける。そのことを云っています。書けるならば、書いてみせたくなる。

平野は前々から不思議に思っています。なぜ、素人漫画家人口のほうが、素人文筆家人口を遥かに超える規模なのか、殊に若い世代においてそうであるのか。だって絵を描くなんて、作文よりも余っ程難しく手間の掛ることでしょう。

絵なら描けるんだけど。そういう人がたっぷりコミケに参戦するのであれば、文章なら書けるんだけど。そういう人がわんさか文学フリマに出陣して宜しい。巧拙は問わずとして何しろ、作文という、これほど取っ付き易くお手軽な作品創出法が他にありましょうや。

と、そう思うような性分だからこそ平野は、漫画は描かず、文章を書くのでしょう。しかし平野にはどうしても、漫画を一本描くことが小説一本書くことよりも容易いとは到底思えません。費す労力が段違いの筈である。五七五七七と文字を並べるだけで短歌は作れるんだぜ、ははあそりゃ簡単だなという風な、ほとんど非礼にも似たたいへん雑駁な意味合の限りにおいて、ですよ。

写真と絵文字にばかり頼りきりの変なブロガーでさえ、少しは何かそこに書いているわけです。元来が作文とは気楽なものです。「何だか簡単にやれそうな気がする順」というのを戯れに、飽くまでも出来映えは無視しての話ですが、羅列してみるならば。

写真、作文、作詩、料理、園芸、工作、それから何やら二つほどすっ飛ばして、漫画。

それくらいの印象が平野の中では漠然とあります。こんなにとってもやりやすい作文! なぜ皆さんもっと作文しないのかしらん。
 
| 平野智志 | 16:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
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